反共産主義者十字軍にこんなに深い意味があったとは知りませんでした。
1950年から1953年の間マッカーシーは、政府が内部にいる共産主義者を扱うことに失敗しているという非難をし続けたが、一方で彼が一夜でスターダムにのしあがったことは、力ある国民的追随者とかなりの収入を得ることになった。彼の収入は上院の委員団により調査され、その結果、彼のキャンペーンにおける問題ある行動と財政的な不正行為が明らかとなったが、法律的行動に出るための根拠を見つけられなかった。マッカーシーは彼の事務所の調査員であるジーン・ケールと1953年9月29日に結婚した。
1953年における共和党の選挙勝利には彼の攻撃が助けとなった。敗北した民主党候補者の内、最低でも一人は、マッカーシーによる非難に原因の一端がある。選挙勝利後、党の指導者は彼の人気の大きさをリベラルな民主党員を攻撃するための武器と認め、彼を上院政府活動委員会常設調査小委員会の委員長に任命した。しかし彼が信頼できないところ、及び言い逃れしようとするところは、決して党により完全には信用されていないことを意味した(特にドワイト・D・アイゼンハワー大統領に)。
彼の委員会は、下院非米活動調査委員会と上院内部安全小委員会とは異なって、政府機関に焦点を合わせた。それは最初「アメリカの声」の官僚組織への調査を行い、そして国務省の海外情報図書館から親共産主義的文献と考えられるものを強制排除させた。その内マッカーシーは、政府内部における共産主義者の影響への非難を始めた。今や政権は共和党の手にあるにも拘わらず、である。これはアイゼンハワーを怒らせた。彼は今も続いている人気からマッカーシーに公然と反対しようとはしなかったが、しかし今やマッカーシーを危険なルーズ・キャノン(自分勝手で信頼できない人物)と考え、彼を影響力ある位置から引き離すために、舞台の裏で仕事を始めた。
マッカーシーは、ジョンズ・ホプキンズ大学の教授であるオーエン・ラティモアを合衆国におけるソビエトのNo.1スパイだとして告発した。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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